習熟のしかたとかね。

最近まで、
あれもこれも頑張って習熟していかないと。

って思い、様々なことを同時に実施してきましたが、

自分の目の前に訪れる事柄に集中し、自身の役割を磨いていくことが大切なんだと少しずつ実感中。

今、思い出すのは、大好きだった『ガンパレード・マーチ』というゲーム。
その中の登場人物の滝川陽平を思い出す。

彼は、ヒーローになりたくて努力し、苦労し、様々な格好いいことに手を出しながら活躍していくが、

最終的に彼がたどり着いたのは、世界を救うヒーローの為の最高の脇役になるということ。

自分の立ち位置がどんなものであっても、そこに誇りを持って磨きとおすことでしか、見えない。その人でしかたどり着けない場所があるんだろう。

新しいものに次々と挑戦していく姿も大切なんだとは思うけど、いくつか見てきたものを考えるといらないんじゃないか。もっと自らの立っている場所を見直して磨き、シンプルに、違和感なく、分かりやすくしていくほうがいいんじゃないかな~って思っちゃうところ。

生き方も、仕事も、店も、イベントも、まちづくりも、ほとんどそうなんだろうな~

今、本気でいるか。

思い立って、覚醒映画『くう』を観てきました。

映画は、即爆睡という自分でも何とも言えないスタートでしたが、まあ、それでもいいんだよね。

講演会にて、最近、様々な方から言われていることが改めて府に落ちました。
今年に入って新しい取り組みを担うことが多くなって、そのほとんど全てに力を注いでいるのですが、

自分はこのままだとパンクしてしまうんじゃないかって思い、自分の限界を知るためにやっていると言ってきました。

でも、昨日ある方から、そして、今日も。
限界じゃないんだなってね。本気を出す機会をいただいているだけなんだなと。

まだまだ自分は本気で目の前の課題に打ち込んでいないと。集中して動いていかないと。というふうにな。

そしてふと、気になったこと。
映画後に、とおまさんによるインディアンドラムの演奏と唄が披露されたのですが、背景が最初は赤色のライトだと思って見ていたのですが、ふと見直すと青色に見える。

これは赤色のライトが青に変わったのか。
それとも、オーラを見ていたのか。

オーラは共感覚の一種なので、彼女が伝えようとしていた音楽や想いが視覚として見えたと言っても過言ではないだろうと思える。

青色のオーラは、愛情を表し、相手を愛で信頼するという意味から勇気ある挑戦という転換も可能な色。

今回のテーマにあった、これから目の前に起きることに本気を出して挑戦をしていくこと。

それが色となっていたのかもな。
なんて思える時間でした。

さて、今年は現状としても様々な挑戦に生きています。
愛という言葉も見えてきて、これからいかに挑んでいくのか。楽しい限りです。

一生に一度しかない

一生に一度しかない人生なのに、あなたは何をしているのか?

といった質問が忘年会であった。

一生に一度しかないのならば、この世の中にある不条理なことに挑み続けて、自己を犠牲にしてでもこの先の未来に繋げていきたいといった応えに希望はあるのかないのか。

分からないけど、今のままだと何もできない自分が悔しい。継続して僅かでも希望を作っていきたい。

夢を持たないことが夢だと普段は言っているのですが、自分の本質に刺してくる言葉には真剣に未来像を語る自分がいることに気がついた。

普段は自分を持たずに生きてしまうのもあり、多くの人の意見に流されてしまいますが、自分の中に揺るがないものがあるんだなと、嬉しく感じる。

出会いと別れ

年末に差し掛かると、昨年の今を思い出す。

関わることがなくなった方々、
不思議な縁で関わらせていただいている方々、

それぞれ出会いと別れを繰り返し、これからもその繰り返しで生かされて行くのだろう。

本物の出会いがあれば、本物の別れがある。
本気で求めてばかりでなく本気で手放さないといけない場面で、別ればかりを惜しんでしまう。

他者より頂いた自分からの最高の贈り物を、その方に渡して、その人の幸せを祈り続けていたい。

今の自分が、いつまでも今のままでい続けられる訳ではないから。
どうしようもない運命を笑顔で迎え入れられるために。

藍色少年少女 上映会

藍色少年少女』の上映会、楽しくお手伝い、そして、観させていただきました。

映画の中でのセリフは詳しくは覚えてませんが、「ぼくは、ぼくだけで出来てないよ」というセリフが印象深かった。

多くの方々との出会いや別れ。それぞれの記憶の中で生きていることを大切にしていきたい。

私の大好きな喜多川泰先生も、【幸せ】は「過去の出来事が全て認められたとき」と話されていたことを思い出す。

幸せは、不幸があるから幸せがあるみたいな相対的なことではなく、自分の周りの出来事が全て今の為にあるんだなと実感すると、見比べなくとも幸せと感じる。

自分が、まわしよみ新聞や交流会を実施し続けている理由がここにある。

他者を観て、話を聞いて、それぞれみんな違うことを知り、自分の考えも当たり前や常識だと思い込んでいたものを捨てる。

ぼくの中に誰かがいて、ぼくの中にぼく自身がありのままにいる。

そして、誰にも変えることのできない自分が奥底にあることに気づける。
どうしてと捨てることのできない自分に出会えるときに、奥底の押さえつけられてきた自分自身が見つかるのかなと思えました。

今日は一日、多くの方々の思いに触れ、自分の奥底の思いに触れることができたかかなと思います。
この貴重な機会に感謝して、これからも伝えていきたいです。

真実はひとつとは限らない

真実はひとつとは限らない。

色々と人の流れの中で生きてきて、様々な形で繋がりをもっていくと、好かれることもあれ、嫌われることもあれ。

最近は自分の中でハロー効果がブーム(笑)

何だろ。

ハロー効果とは、ことわざの、坊主憎いけりゃ袈裟まで憎い。

好きな人のことは何でも好きになって
嫌いな人のことは何でも嫌いになる

どんなに善いことをしていても、「あいつキモいんだよねっ」て言われると全て台無しになるし

どんなに悪を尽くしても、「あいつ好きなんだよっ」と言うと信じられる

自分は好き嫌いの感情を何十年か前に海にポイしてから、他者の善悪の判断がつきにくくなってるかも。

でもさ。

少し落ち着いて。
自分の感じていることが思い込みじゃないのかと考えると、

善悪って様々な視点があって一概に言えなくなってこないかな?

何か怪しいと思ったら、逆も考えて。
それ以外ないと思ったら、否定もしてみて。

この世の中の真実って、思い込みかもしれないから。

世界の狭さをつくること

かなーーり好きな実験に『スモールワールド実験』というものがあったりします。

知っている人も多いやろなって思いますが。

詳しくはGoogleで調べていただければと思うのですが、『六次の隔たり』という言葉が生まれることになった実験です。

簡単にいうと、人は全人類に6というステップで繋がっている。世界は狭いなぁーなんて言えることですよ。友達の友達の6乗が全世界の人類と同じになるなんてやつですよ。

まったく関係ないけど自分の誕生日が6だらけだから、6という数字が気になったり(笑)

不思議だけど、意外と的を得てたりするのですがね。

でも実際のところは、この6ステップの中に必ずコネクターと呼ばれるキーマンがいるだろうって話を知ってからは世界は狭いというか、世界を縮めることができる人がいると理解。
『急に売れ始めるにはワケがある』(マルコム・グラッドウェル著)

そういや人間の脳は時間を過去から未来にかけて認識しか出来ないけど、実際の時間は脳が判断するものだけではないみたいな哲学があったり。

最近、とくに私のことをネットワーカーとか、コネクターとか、コーディネーターとか言ってくれる方が増えてきたのですが、

嬉しいのですが。
まあ、まだまだ何に役に立つのかは自分でも実験を重ねてたり。

なんて久しぶりに思いだしたので。